引退そして。。。

さて。
そろそろ皆様飽きてきましたか?
僕もです。。

では、3年生編。









2011年秋
僕はキャプテンとなりました。
入学当初、ホッケーというスポーツすら知らなかった僕がまさか2年経ってキャプテンになるとは全く思っていませんでした。

就任当初はホントに不安ばかりでした。
小出さん、土屋さんと繋いでこられたバトン。
2部優勝、西日本インカレベスト8と近年結果を残してきたチーム。
その主力となっていた人達の引退と人数不足。
そして、何よりホッケー歴の浅さ。
こんな僕にキャプテンなど務まるのか、日々自問自答していました。

そんな悩みを抱えながらも、もちろん時間は待ってくれるはずもなく。
代替わりをし、僕と一つ下の1、2年生中心のチームになりました。

まっつん以外は未経験者で、僕を含めて経験値が圧倒的に足りていませんでした。
日々の練習のレベルもかなり下がりましたし、僕自身メニューに大きな工夫をしてやることはできませんでした。
そういう意味で、副キャプテンに命じたまっつん、そして長老立田さんの存在は当時、とてもとても偉大で頼りにしていました。
改めてありがとうございました!

大丈夫だろうか大丈夫だろうかと不安ばかりで、気がつけば12月になり三商戦が迫っていました。
正直、勝つのはまだまだ難しい。三商戦で、何か掴んで今後に生かせればとかなり弱気でした。
ホントに今思えば、ダメなキャプテンだったなと。。。

そして、迎えた三商戦当日。
夜行バスで新宿に降り立った僕たちを待ち受けていたのは、大雨でした。
そのため、試合が中止。
来て下さると予定されていたOBさん方に僕、瑞恵さん、なっちゃんで挨拶や電話にて報告を行い、その後は国立駅前のカラオケに3人で行きました。
そこには神戸の堀江く○たちも居ました。
東京まで来て、カラオケ…。


今思えば、この時試合できなかったのは痛かったなと。
この時点で、ボコボコにされて現状にもっと早く気がつくべきでした。
練習で試合をイメージするためにも、試合経験は必須項目だと感じました。



年末。
まっつんが交通事故に逢いました。
結果、足にボルトを入れるほどの大怪我。
全治約1年とのことでした。

1年前にキーパー問題を解決してくれたまっつんの怪我によって、再び市大はキーパー問題を抱えることになりました。

「誰かがキーパーをやらねばならない」そんな問題を抱えて、1、2年生で何度も何度もミーティングを繰り返すものの、話はひたすらに平行線。

そして、年が明け。
1月に篠山で京大と練習試合をしました。
結局キーパー問題は解決していませんでした。
早くこの問題を解決したかった僕がその日一日キーパーをすることに。
試合としては、1年生中心のフィールド、急造キーパーの僕。
助っ人として試合に来て下さっていた小出さんたちがいなければ、ホッケーすらできていない、そんな試合内容でした。
その日は新しく監督に就任して頂いた羽根さんもいらしており、試合後には現役メンバーと共にミーティングをしてくれました。
「2部てやっていくためには、そうたをキーパーで使っていたら無理。本気で勝ちたいと思うなら、1年生の中でキーパーを作るべき。」

そして、そのミーティングで神崎がやりますと言ってくれました。

かんちゃん、改めてありがとう。
お前があの時やるって言ってくれてなかったら、俺の代でホッケー部を潰れてたとマジで思うわ。
そして、やりたくないポジションをやらせてしまって、ホントに申し訳なかった。
ごめん!



そして、春合宿へ。
ようやくキーパー問題を解決し、ようやく少し上向いてきます。
しかし、忘れてはいけないことは人数不足。
当時のチーム状態は
新2年生
植西、神崎、浴本、文元
新3年生

新4年生
土屋さん、のっちさん、しんごさん、ハラケンさん、立田さん

皆さん、数えましたか?
そうです!10人しかいません。
いいですか?ホッケーは11人でするものです。
いいですか?ホッケーは11人でするものです。
大事なことなので2回言いました。

言葉にすればたった4文字の人数不足というこの問題が僕に、そして市大ホッケー部に重く重くのしかかることになります。


その後も小出さんの代の方々中心に卒業までは助っ人として、練習や練習試合に来てもらいました。
本当にお世話になりました。
ありがとうございました。

しかし、その弊害というかなんというか。
小出さんたちが現役だけのメンツでどこまでやれるのか分からないまま、春リーグに突入することに…。


そんなこんなで、年度が変わり小出さんたちが卒業されました。

春。
そう春といえば、ホッケー部の皆さんなんですか??
さぁ、皆さんご一緒に。








そうです。
新歓です。
よく言えました。
お前たち、最高だぜ〜




・・・







この新歓も新2、3年生中心にやっていきました。






が。

不作の年でした。。。

何故かどこの部活も入部者が例年より少ないと聞きました。
ホッケー部ももちろん、その影響を受けました。

BBQやお菓子パーティーに新入生は来てくれるものの、話を聞いていると。

「フットサルしたいですけど、どこのサークルがいいですか?」「テニスしたいんですけど。」「女の子多いとこってですか?」




しらーーーーーん!!!!







おっと失礼しました。

なんだかんだでグッチくんとマッチくんの二人を迎え入れることに。


新歓はホントに難しいです。
ただ、やりようによっては今年みたいに大量に入れることだってできると思います。
だから、新歓だけは今後も絶対に手を抜かないで下さい。





チームの方に視点を戻します。
まだまだ経験不足だと感じていた僕は、例年にはなかったGWに合宿を行うことを思いつきで決めました。

記憶が正しければ、考えついたのは学校が始まっていたので、4月以降だったはずです。
よくグランド取れたもんです…。
そして、みんなついて来てくれてありがとう。

高知に行くわけですが、これが思いの外遠い。
地図で見るよりずっと遠い。
和歌山から徳島までフェリーで行き、そこからレンタカーで向かいました。
移動だけでも5時間以上だったかな…。
初日はほぼ練習できませんでした。

みいさんのお友達の旅行会社の方に宿の手配をお願いしました。
素晴らしいホテルを格安で取って下さりました。
永瀬さん、ありがとうございました。
ただ、そこは割としっかりしたホテルで汗だくの練習着でぞろぞろと(人数は少ないですが)入っていく僕たちへの他の宿泊客からの視線の白さったらありませんでした。

それはさておき。
2日目には高知工業高校と練習試合を行い、経験を積むことができました。

文元がカツオのタタキを食べ損ねた事件は未だによく覚えています。


そして帰阪し、春リーグを迎えます。

僕自身2度目の春リーグ。
キャプテンとして挑む最初の公式戦。
神戸、関大、阪大と同じプールでした。
神戸に0-3で敗れた試合後、土屋さんに言われた「落ち込めるほど、やってないだろ」という言葉。
その通りだと思いました。
人数不足に悩まされていたとはいえ、もっとやりようはあったし、人数不足を言い訳にしていました。
まず自分の意識、姿勢から変えないと。
そんなことを思わされた先輩の言葉でした。

関大に敗れたものの、阪大には競り勝ちプール3位で下位トーナメントへ。

そして順位決定戦。
この2連戦であって欲しくなかったことご重なります。
名嘉とハラケンさんが2戦とも来られないことに。
つまり、新入生を使わざるを得ない状況になりました。
ホッケー部に入って1ヶ月ほどで公式戦に出させることになりました。
望んで出たいとなれば話は別ですが、本当に申し訳ないことをしたなと今でも思います。
マッチ、グッチ。
悪かった。ごめん。

そんなチーム状況の中、順位決定戦を戦うことになりました。
上エンジ、下紺、ソックス紺というとんでもなく気持ち悪いユニフォームで臨んだ体大戦では延長で敗れ、最下位決定戦へ。

翌日。
最下位決定戦。
対摂南。
しんごさんのごっつぁんゴールで幸先良く先制するものの、個人技で圧倒され同点に。
その後も一進一退の攻防が続き、またも延長戦へ。
最後はやっぱり土屋さんが決めてくれました。
ギリギリのところで踏ん張り、なんとか2部残留。




春リーグ、結成式を終え。
チームには色々とありました。

土屋さんは研究室に缶詰め、のっちさんは院試の勉強、公務員を目指すハラケンさんは就活本格化と4年生がほとんど来れなくなりました。
また何人か辞めていった子もいました。
またしても、人数不足が深刻化しました。
ただ、まっちゃんが入部してきたのもこの時でした。


春が終わったかと思えばすぐ夏です。
インカレです。

初めて11人揃わないまま試合もしました。
3部のチームに負けたこともありました。
どうしていいか分からず、将来も見えない。そんな状況に気持ち悪くなり、吐いたことも何度もありました。

それでも辞めなかったのは、周りに人が居たからです。
逃げるのは簡単です。手放してしまえばそれで終わりですから。

僕が辞めれば、瑞恵ちゃんとなっちゃんはどうなるんだ?
それにホッケー部はどうなるんだ?
今までお世話になった先輩方にどう顔向けする?
辛いなりについて来てくれている後輩も捨てるのか?

そんなことを考え出すと、辞めるという選択肢はあり得ませんでした。
だから、この時僕は考え方を変えました。




キャプテンという肩書きをもっと軽く捉える。





あまりいい表現ではないですが(笑)
キャプテンである前に、いちプレイヤーであろうと。
初心に帰りたかったんです。
純粋にホッケーをしたかった、楽しみたかった。

この考え方は僕を随分と楽にさせてくれました。
自分がいかに楽しむか。
チームのことを前提にしたセルフィッシュさ。
これが引退するまでの僕のキーワードでした。



そして秋。
僕のキャプテンとしての最後の公式戦、秋リーグに臨みました。

神戸、京大、体大と同プールに。
神戸には前半1-1で折り返すものの、後半大幅に失速。
僕もミスを連発して1-6で大敗。
応援に来て下さった羽根さん、こーへーさんには何がしたいか見えないとまで言われてしまいました。

神戸戦を最後に立田さんが…(ry

京大戦では、またも11人で戦うことができず、0-9の大敗。

体大戦は0-0で引き分けますが、内容が全く良くありませんでした。

順位決定戦では阪大に1-4。
またも最下位決定戦を戦うことになりました。

そういえば、友弥が入部したのはこの辺やったかな。
リーグ中ということもあり、基本もほとんど教えないまま練習に混ぜてしまいました。
ごめんよ、友弥。








僕はなんとしても2部に残留させたかったんです。

自分がバトンをもらった2部という舞台のまま次の世代にもバトンを渡したい。
これまでチームを支えてこられた土屋さん達の代を3部に落として引退などさせたくない。
金銭面精神面など、色々な所でお世話になっているOBさん達に少しでもいい報告をしたい。

何より負けたくない。
その一心でした。

迎えた最終戦の体大戦。
前半にしんごさんが押し込んで先制すると、途中押し込まれる場面もありましたが、なんとかそのまま1-0で勝利。
自然と小さくガッツポーズをしていたみたいです。
後でまっつんに茶化されました。


リーグの打ち上げの後、瑞恵さんを送って帰る電車の中で一人号泣してしまうぐらいホッとしました。
白い目で他の乗客に何度も見られました(笑)
大和路線の終電で男一人泣いているのですからね。。。







まあ、それはさておき。






話は戻りますが、ひとつ下の世代とふたつ下の世代の子達にはホントに悪いことをしたなと思います。

練習来れない人をキーポジションで使って、普段頑張ってる奴らはその駒みたいな使い方。
そりゃ、面白くないよな。
プレイヤーが面白くなければ、マネさんも面白いはすがない。
だから、退部者もいっぱい出してしまったのかなと。
最近よく思います。
ただ、負けたくなかったんです。
そこだけは理解してて下さい。

そして、辞めてしまった子達。
最後まで同じチームとして、やれなかったのは残念ですが、ホッケー部に関わった人、全員がいたから僕もやってこられました。
ホントにありがとうございます。
でも、それ以上に辞めたいと思うようなチームにしてしまってホントにごめんなさい。






ホントにダメで何もできなかったキャプテンでしたが…。
1年以上務めたキャプテンを引き継ぐことができました。



続く



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僕が初めから入らずすいません。
フットサルやテニスの女子の多いサークルを探してしまいすいません。笑

あら、知らんかった。
ただ、わたしのお友達、永瀬さんやなくて中瀬さんやと思うわ(笑)

間違えました!!!
ごめんさない。。。
名前間違えるだなんて…。
死のう。
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ocuhockey

Author:ocuhockey
大阪市大ホッケー部
その部員たちの日常が
垣間見れるこのブログ。

悪ふざけ 7 近況報告 3

で絶賛更新中。
記事とコメントに散りばめられた
虚構と真実の織り成す
水色ホッケー戦士達の冒険譚である。

筆者たち
0~9の数字を司る部員たち

0 みずえる DT 3
1 なみへー MG 2
2 まな   MG 2
3 みさき  MG 2 
4 おの   MG 3
5 かんざき GK 2
6 ふみもん FW 2
7 えきもと FW 2
8 まいさん MG 2
9 うえにし αB2

なんか十刃みたいでかっこいいな。古いとか言うな。
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